営業部OL。残業多くて、体調不良、仕事内容も変わらずただ事務処理をこなすのみの毎日

私の仕事は俗にいうOLでした。仕事内容は電話とコンピューターを使う事務処理が主なものだったのです。ところが会社が繁盛しているのは結構なことなのですが、残業が非常に多く、夜は10時過ぎまで毎日働いていました。

そしてもちろん定時の5時にはとても帰れない雰囲気だったのです。先輩が多く居て、さっさと先に帰るなどということはできません。必ず先輩を「お疲れさまでした。」と言って送り出してから私たちは帰らなければなりませんでした。

一日中コンピューターを見つめて電話応対をしながらのタイピング。ペーパーワークもありましたが、コンピューターに向かう時間は一日5時間は越えていたはずです。肩は凝り、頭が重かったりする毎日でしたが、両親からは、「辞めてどうするの?」の一言。辞めたあとのことを考えると怖くてやめられませんでした。

夜10時過ぎまでの残業なので、事務所で残業食を食べて、それから最終電車などで帰って家について床に入るのはいつも12時過ぎ。

そして翌朝は7時には家を出て、満員電車の乗り継ぎで一時間半も通勤時間がかかりました。毎日へとへとになって週末は一日はベッドで寝ているような感じでした。

毎日の仕事は流れ作業のようで、全く進歩もありません。関連会社や関連部署の人たちの中にはとても乱暴な物言いをする人がいて、電話口でどなられたり意地悪をされることもよくありました。

それに、嫌なお客さんともフレンドリーに話をしなくてはならず、これが夜の仕事だったら水商売と同じかもと考えたことがあります。

しかもお客さんの中には、飲みに行こうなどと誘ってくる顧客もあり、断ると、つきあいが悪いなどと言われて営業にも影響するため、嫌でも参加しなければなりませんでした。

酔っぱらった人の相手をするのは大変嫌でしたが、そこも愛想が悪いということになるとその後の営業活動にも影響するため、絶対に笑顔で、面白くないことにも楽しそうに笑って過ごさなければなりませんでした。

お給料もそれほど上がらず仕事内容も何年も同じ。通勤も長かったので定期的に「辞めてやる!」と意気込みましたが、そうすると、また両親の、「辞めてどうするの。」ということの繰り返しでした。

それだけでなく、そのうち、「結婚もしないで。」という雰囲気になってきて、本格的に転職先が決まらない間は辞められない雰囲気になりました。しかも、それは、安定した職場であることが必須でした。

このような悪循環の中でもがいていた私でしたが、顔面神経痛になったり、貧血になって倒れたりして、過労のためにだんだん体調が悪くなってきました。そのことをきっかけに私はこの単調でつまらないOLの仕事をとうとう辞めたのです。

転職先は決まっていませんでした。でも、転職先が決まって、また同じように馬車馬のように働く毎日はもう嫌だったのです。

会社を辞めて本当にすっきりしました。
私は社会人ではなくて、会社人だったのです。

今はやっと社会人となった気がします。

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