介護の理想と現実の乖離の激しさに耐え切れず

ヘルパー2級の資格を取って、知的障害者施設でボランティア、グループホームで支援員をやってから、入居型の障害者施設に就職しました。
 
障害者施設で働くというのは希望通りだったのですが、とんでもなく甘かったのです。まずスキルがヘルパー2級ではとてもじゃないけど追いつかない。ユニット式といって1人ないし、2人くらいで20人くらいを担当するのだけど20人すべてでケースが違うから、それを覚えるのが大変というか不可能に近かった。

メモを取って覚えろと言われたけどそんなものは作っても日々変わっていくから役には立たず、やってもやっても追いつかないというのが現実。

入所して、言われたのが1ヶ月で一人前の戦力になって、全入居者40名分のケースをすべて把握しろということだった。それはスキル的にも不可能に近く結局覚えることはできなかった。

その場で分からなかったら利用者さんに聞くようにしてたのだけど、入居型の施設というのは全部やってもらって当たり前というのが前提だったので、それをやると使えない職員だという烙印を押されてしまうのだ。そんなことをしている毎日が続き、早番、遅番、夜勤と経験していくのだけど通勤に2時間以上かかる場所にあったので毎日家に帰るのが苦痛だった。

そんなある日重大なミスを犯す。入居者の対応を間違え、というか、初めて対応する入居者を1人で任され、移動の介護をしていたとき、誤って落としてしまい軽いけがを負わせてしまった。

けがを負わせたことは自分の責任だったけど指導役の職員はろくに教えてもくれなかったし、責任を全部こっちに押し付けるという感じだった。施設長に至っては一職員である自分に「家族に謝罪にいってこい!」という始末。それは使用者責任で、未熟なものにできもしないことをやらせたほうに責任があるのでまったく筋が通らなかった。

また職員の、新しい職員に対するまるでよそ者扱いで疎外されるという毎日。看護師はなんだかよく分からないがずいぶん態度がでかく、偉そうにしていて、自分に対してパワハラまがいの言動を指導の名のもとに続けるのが毎日であった。

精神的に疲れ果て、持病のうつが再発するのに時間はかからず、発症して通えなくなってしまった。休みがちで仕事を覚えるのもままならない状態が続き、これでは仕事にならないと思って入職して1ヶ月半ほどで辞めることになった。

介護は人間に対して優しくあるべきなのに、そうではなくシステマチックで流れ作業のようにやっていくのもついていけなかった。自分の持っている理想と現実とであまりにもかけ離れた世界だと思った。

もう二度と介護の世界にどんなに困っても戻ることはないだろう。自分が介護される側になってしまうのが目に見えているから。あと、メンタルヘルスに悩みを抱えている人は介護の世界に入るべきではない、自分が壊れてしまい、戻るのに時間がかかるからだ。

そうなってからでは遅いのでやめたほうが身のためである。理想と現実とでこんなに違う職場はブラック企業を経験している自分でもあきれてしまうぐらい恐ろしかった。

給料、プライベート時間の確保に悩み、資格の取得とともに病院職員を退職しました。

私は以前、職員数200名ほどの病院にて介護の仕事をしていました。

高校の頃より野球部に所属していたこともあり、職場でも野球部に所属することとなり、仕事と、部活動との両立をしながらの生活となりました。

独身時代にはトレーニング費用や、部活動での消耗品の費用、部費などの費用に関しても問題なく出費することができ、私個人としてのプライベート(休日)の時間も自主練習や、部活動の練習などに充てることもできました。

ですが、20歳での結婚、22歳からの子育てが始まったことより、休日にも試合や練習に出て行かなくてはいけないということから、家族との時間を確保することができないという思いが強くなるようになり、また、独身の頃には感じたことはありませんでしたが、消耗品や部費などへの出費を難しく感じるようになり、その出費を行うなら家族と食事に行ったり、子供のために何か買ってあげたいという思いが強くなってきたことも事実です。

仕事を頑張り、子供のため、嫁のためと働き、残業をしている方でも家族の時間を作れないと悩まれている方は多いと思いますが、私としましては、その部活動という活動の中で、金銭を生むことはなく、実質、出費だけがかさみ、家族との時間も十分に取れないということが、苦痛で仕方ありませんでした。

また、給料自体も安く、嫁は働いていた職場から、出産前3か月頃に「流産されても責任は取れない。」という理由から解雇されてしまいました。

共働きならまだしも、病院の介護職では嫁1人、子供1人守っていけないという自分のスキルのなさを不甲斐なく感じたことを覚えています。

その頃から国家資格の取得を目指し勉強を始めました。

しかし、その半年後に資格の取得に成功したのですが、「その資格を支える部署に今は空きがない。」とのことで、資格取得を勧められていたにもかかわらず、資格の使用は認められず、現状維持のまま仕事を継続することとなりました。

資格取得で勉強したことの知識はしっかりと職場で活かすことはできましたが、給料には全く反映されない、知識もなく入ってきた新人職員と同じ給料では、将来子供が大きくなり、学費等々の出費がかさみ始めた時に家計が苦しくなるとの思いもあり、徐々に転職を意識するようになりました。

その頃になると、歳のせいもあるのか、部活動でも怪我が重なるようになり、1週間ほど休職しなければならないほどの怪我をしたこともあります。

そうした出来事のなかで、旦那として、父親として、このまま給料も十分にもらえず、部活動の中での怪我で仕事ができないようなことがあると家族に迷惑がかかり、困窮した生活になってしまう、家族の中での大黒柱としての責任も仕事も何もできずに愛想を尽かされるのではないかと考えるようになり、同職業ではありますが、以前より、経験を生かすことができ、知識や資格を活かしながら働くことができる職場への転職を決意し、実行致しました。

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コメント

  1. なお より:

    僕は工場勤務を13年した後に知的障害者施設に3年勤めました。仕事をきちんと理解できるまでは半年くらい毎日わからない事だらけだし、時間帯は違うしで苦痛の日々で毎晩夢で仕事してました。それを過ぎてから気持ちが少し楽になりました。体力と収入に限界を感じて一度工場に勤めましたが1年で体調を崩しやはり大好きな福祉職に戻りました。

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