『スポーツインストラクター』うつにまでなりました

スポーツのインストラクターをしています。

職種自体は今も続けていますが、パワハラを受けうつ状態になり、業界内転職をして今に至ります。

学生時代にお世話になったコーチに憧れて、有名私大に通っていたにも関わらず就職をせずフリーターに。定食屋でのアルバイトの傍ら、恩師のアシスタントとして指導の道に足を踏み入れました。

恩師は、本業として役者やスタントマンをしていて、副業として学校の部活動の外部指導員をされていました。

学校の部活動の外部指導員は、よほどの強豪校なら別かもしれませんが、あまり予算がつかないことも多いです。ですので、恩師がご自身の謝礼を分けてくださったり、2人分の謝礼を出してもらえる学校に入れてもらいつつ、アルバイトが主たる収入源で、実家にパラサイトする有様でした。

有名私大に通っていたので、部活の同期たちは皆、大手企業に就職し、苦労しながらも私からすれば眩しく輝いているようでした。

一方で私は、満足に服を買うこともできず、学生時代よりもみすぼらしいフリーター。自分で選んだ道ですが、現状が情けなく3年ほどは同期たちとも音信不通にしてしまいました。(今となっては笑い話ですが、同期の人数が多いために使用していた掲示板サイトで、安否確認をされていたそうです)

甘ったれで世間知らず、そのくせプライドばかり高い当時の私は、それはそれは扱いづらい厄介な新米だったと思います。恩師には本当に迷惑をかけましたし、今の自分の礎となることをたくさん教えていただきました。

ですが、ある種の職人的な部分がある仕事だったこともあり、恩師から厳しい言葉をかけられることは日常茶飯事。時には、指導の現場や自分達のトレーニングが終わってから、夜通しお説教を受けることも…。

それでも、恩師は偉大な人だと絶対的な憧れを抱いていましたし、ほのかな恋心も抱いていたので、金魚のフンのようにつきまとっていました。

2.3年経っても大した進歩のない自分に恩師の苛立ちも募ったのか、「何やってんだよ」「いつになったらできるようになるんだ」といった叱責は増すばかり。思えば私も情緒不安定になっていったと思います。

そんなある時、とある繁華街に早朝4時集合、という仕事に来るよう恩師から言われました。もちろん電車は動いていません。

繁華街で時間をつぶすか、車で行くかです。

当時の私は25.6歳、嫁入り前の娘です。

その繁華街は、日中であったも1人で行くのははばかられるような場所でした。

断れる訳もなく引き受けましたが、なんと私は自宅で寝てしまいその仕事に穴を開けてしまいました。

一番悪いのはもちろん私です。

恩師の怒りはすさまじく、夜通しファミレスで対面に座って怒られ続けました。「申し訳ありませんでした」「2度とこのようなことのないように致します」月並みな言葉以外に何を言っていいかわからず、消え去りたい気持ちでいっぱいになり、自分の腕に爪を立てて気を紛らわせて一夜を過ごしました。

案の定、そこから体調がおかしくなり、自宅から出られなくなりました。眠れない、食べられない、なぜか涙ばかり出てくる。

軽度のうつと診断を受け、共通の知人に仲立ちをしてもらい、結果、恩師とは縁を切ることになりました。

その後は元通りに回復し、幸い仕事にも恵まれ今に至ります。

悪いのは自分とはわかっていますが、苦い経験をしました。

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コメント

  1. oja より:

    恩師、お世話になった方に感謝の気持ちを持ち続けることは大切なことですが、あまりに義理を立てすぎて、自分の生活や体調まで壊す必要はなかったと思います。
    自分の気持ちをはっきりと伝えることが大切だとおもいます。

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