派遣会社の内勤事務、これって本当に事務の仕事ですか…?ストレスでの退職、後悔はしていません。

派遣法の改正もあり、慌ただしさに追われる派遣会社。

そんな派遣会社の内勤事務のパートとして入社し、3カ月が経過したあたりの出来事です。

事務員と言えば庶務業務、ファイリング、来客対応…と面接時に聞かされていた私。

「責任のあるような仕事ではないから、気楽に働いてください」と面接時に言われた言葉は全くの嘘でした。

派遣会社では日々数えきれない求職者からの応募があり、その対応は事務員の私の担当となりました。

事務処理に追われ、一日100件近い求職者からの応募。

オフィスは私一人で回さなければならず、一日中鳴り響く電話。

営業の方たちは外回りで一日中外出をしていました。

業務量が多すぎて助けを求めてもオフィスには誰もいない、売上が上がらなければ八つ当たりされるのは事務員の私。

常に電話は鳴り続けているので、気分転換のランチなんてできるはずもありません。

一日中軟禁状態で過ごす毎日は苦痛でしょうがありませんでした。

退職を決めたのは営業の方からの一言でした。

「何がそんなに忙しいの?」

そんな一言で…と思われるかもしれませんが、私の中では十分すぎるトリガーだったのです。

事務員、パートという響きだけ聞けば確かに楽に聞こえるかもしれません。

忙しいのはあなた達のおかげです!!!と声を大にして言いたいのをぐっとこらえました。

少しでも助けになろうと努力してきた3カ月のモチベーションは一気になくなってしまいました。

怒ることも泣くこともできず、何も考えられない状態が続きました。

次の日の仕事量を考えて眠れなくなり、心療内科を受診。

想像した以上にすんなりと、睡眠障害の診断が下りました。

医師から休職の診断書をもらい、ひとまず休職という形に。

しかし休職翌日から毎日鳴り響く上司からの連絡。体を休める時間なんてありません。

「いつから出勤できるのか?辞めるなら早く決めろ。次の事務員を探す時間が勿体ない。」

言いたいことは理解できるけれど、そんな言い方ってないでしょう?

まるで捨て駒のような扱いに、心から落胆しました。

派遣会社はブラック、人を人として見ていないと良く言われますよね。

私はそれをずっと否定してきました。派遣会社は人情で人を扱っている業種だと。

ですが今回の事で、考えたくなかったことが頭をよぎりました。

「やっぱり、派遣会社はブラックなのかもしれない。」

逃げだと思われても構わない。実際に私は逃げたいと思っていたのですから。

もうどうでもいいと、全てが吹っ切れた瞬間でした。

『人材派遣会社』仕事がないのに帰れない異常な環境から逃げたい

あれは、人材派遣の会社にいた時のことだった。新規立ち上げの会社で、張り切って働いていた…はずだった。

ところがグループ会社には同じ事業をおこなっている会社がすでにあり、それなりの実績をすでにあげている状況だった。そんな中での新会社の立ち上げ。

ワンマン、自称カリスマ社長のもと、前にいた某グループ会社を辞めて移ってきた連中が集まってきていた。人数的には成立しそうな感じではあった。

が、うまくいかなかった。なぜか、戦略がなくただやれというだけの指示。それで数字だけを求められる環境下だった。

新規開拓は想像以上に厳しく、新規同業のこの会社にとっては逆風が吹いていた。

新規立ち上げの会社ならお客様も引っ張ってきてあってそれなりの土台が人材派遣の会社の場合あるものだが、そういうバックボーンが全くなく、また企業とのパイプもなく営業に行っては仕事などなく、さらに提案できる人材もいないというひどい環境の中で無為に営業活動をおこなっていた。

これではモチベーションが上がるわけもなく、成果もでるわけもなかった。

本社のある東京はまだマシだったが、地方拠点は1人で広大なエリアを渡され、何も資源もなく、時間の浪費という全く無駄な時間を過ごすことが多くなっていった。

前にいたグループ会社の影響からか、評判は良くなく目ぼしい人材が集まることはめったになく、たまに来たときだけ商売が成り立つという悲しい状況だった。

しかもワンマン社長も、オーナーにケツを叩かれ、その影響が部下にまで当然及んでくる。

人材が集まらず、仕事がなく、もう帰るしかないときでも、寂しいからという個人的な理由から帰宅することはゆるされず午前様になることなど通常のことだった。

その分の残業手当もでるわけでもなく、ストレスだけがたまっていった。

あるとき体調に異変を感じ、病院へ。大学病院などに行っても原因がわからず休むということが起きた。原因はストレス。精神的苦痛からくるストレスが原因だった。

そうういうことが続き、環境を変えようということになり人事異動がおこなわれ地方拠点へ行くことになった。そこで待っていたのは何も仕事をしてなかった前任者の後始末。

そこから始まって何とか軌道に乗せようと自分では頑張っていたところだった。グループの先行会社に移動してきた元上司の圧力。

その拠点にいたオーナーからのプレッシャーは役職もなく責任者という地位だけ与えられ、職位に見合った報酬がなかった自分には苦痛以外何ものでもなかった。

高速バスで日帰りできるところなら営業エリアで、営業だけでなく、採用活動もやらなくてはいけないという状況。休みなんて取れるわけもなく、規則だけが厳しく残業もゆるされないという環境下。

でも帰宅することはゆるされない。東京の本社が無駄に動いている間は帰れなかったし、休暇も取ることもできず。ストレスだけがたまっていった。

当然、以前に体調に異変があった自分には耐えられず、毎日点滴を打って会社に行くという有様だった。潰れるのは時間の問題。それが現実になったのはある秋のこと。

どう考えてもうつ病の症状が出てきて、医者にかかったら「あなた、このままの状態が続くと死ぬよ。いますぐにでも会社を辞めて他に移るか、休養をとりなさい」と宣告された。

それは自分にとっての死刑宣告も同然でその会社でのサラリーマン生活は終わった。

数ヶ月の休職ののち、他の拠点の社員が皆辞めるという話になり、実際そうなっていった。残っている理由もなくなった自分も辞めた。

仕事もないのに帰れない、無為な時間からようやく解放されたのだった。

しかし、そこで負った傷は深く今も自分を悩ませていて社会復帰の障害になっている。いったい何だったのだろうと今思うと何も残らない環境だった。

今、その会社がどうなっているかは知らない。

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