あんなに楽しい職場だったのに。私は膠原病で仕事を辞めました【機械メーカー 勤務8年目】

当時、私は機械メーカーで事務の仕事をしていました。

一般事務に加えて海外からのメールを翻訳する仕事もしていましたので、やりがいのある職場だったと思います。上司や同僚とも良い人間関係を築いていましたので楽しく仕事していました。8年も勤務していましたから上司は何人も替わりましたし、同僚もずっと一緒という訳ではありませんでしたが、人間関係で悩んだことはなかったですね。

しかし勤務して7年過ぎた頃に体のあちこちが痛くなり始めました。肩が痛くなってそれが治った頃に手首が痛くなり、その痛みが無くなった頃に今度は腰が、といった具合でした。同僚は冗談で「仕事上のストレスのせいでは?」と笑ってました。 パソコンに向かう仕事だったため、肩や手首が痛いと作業を続けることが出来ずに早退することもしばしばあり、通院のため有給休暇を使い切ってしまうと、週に一度ほど欠勤していました。

それでも自分の担当業務はきちんとこなしましたし、私が不在でも問題ないようにマニュアル等も備えておきました。もちろん同僚のサポートがあったからこそ、実質的に週四日になってしまった私の勤務も可能だったと思っています。

体調が悪くなってから半年ほどして、膠原病であることが判明し、家族も同僚も「長期で治療に専念したほうがいいのでは?」と言い始めました。私もそうしたいと思っていましたので長期休暇を取ることにました。三ヶ月の予定で休暇を取りましたが、担当医からは「治るかどうかは分からないが、休めば悪化を食い止められるかも」と言われていましたので職場復帰は無理かもしれないと覚悟の上の休暇でした。

三ヶ月休んでも痛みは酷くなるばかりでした。痛いというのは疲れるもので、1日家事をすると次の日は寝込むという三ヶ月でしたので、退職することを決定しました。

上司も同僚も大変協力的でしたから、辞めずに続ける方法もあったのではないかと思ったこともありました。そこそこ大きな企業でしたので、例えばワークシェアリングのようなシステムで週に三日の勤務を可能にするなどの体制があったら、私のように病気療養中の人でも働けるのにと思ってしまいます。そのような体制が難しい業種も多いでしょうが、少なくとも私の担当していた仕事は週に三日でも、さらには在宅でも可能と思われる業務でした。

以前の職場では業務も人間関係にも満足していましたから退職したことは本当に残念でしたが、そうした変化も私には必要だったと今は思っています。病状を悪化させずに済みましたし、在宅でも楽しい仕事に恵まれていますし。人生何が幸いするか分かりませんね。

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