『憧れのアーティスト』舞台照明の仕事を辞めたいと思ったきっかけ

高校の時に演劇部へ入り、照明の担当となりました。

その時から舞台照明へ虜になりました。

高校を卒業後、夢を持って専門学校へ入学。

しかし、周りはみんな知識も経験も全く無く、私が一番知識も経験もある状態でした。

専門学校を卒業後はみんなそれぞれの照明会社やイベント会社へ就職。

覚悟はしていましたが、早朝から深夜までずっと仕事でした。

まだ歳も若いので平気でしたが、かなりツライと思う時も多かったです。

しかし、私が就職したところは照明の部署に人が少なく、若くしてチーフを任せられるくらいになりました。

そこからはとにかく楽しく、有名アーティストや芸能人とも打ち合わせをすることも増えました。

昔から好きだったアーティストを自分の手で照明のオペレートをした時はとても嬉しかったです。

普通、音楽や演劇など照明のオペレーターを務めるのはベテランの方です。

私の同期でオペレーターをしている人は当然いませんでした。

同期と仕事をする機会もあり、優越感と楽しさと嬉しさでいっぱいでした。

ですが、私が務めていた会社では照明だけでなく音響や舞台の設営もしなければならず、照明だけに集中は出来ませんでした。

私は照明専門の会社へ転職することを決心しました。

当然、チーフから下っ端へ成り下がることも覚悟の上、仕事の内容もガラッと変わるのは承知はしていました。

転職先で待ち受けていたのは扱いの悪さ。

チーフを務めていたのなら何でも出来るだろう、とその会社について上司の方は何も教えてくれませんでした。

心の支えは専門学校の同期がいたこと、同僚も優しく機材の置き場や社内のルールも教えてくれました。

以前の会社では一人で行動していたということもあり、自分で機材の準備や設置を全て行っていました。

転職先では上司から機材情報なども伝えられず、仕込み図というものだけ渡されあとは下っ端たちで準備しておけというような体育会系の上司しかいませんでした。

最初はそれについて行けず、転職したことを後悔もしましたが、大きなイベントのオペレーターをやれる機会もあり、まだまだモチベーションはありました。

しかし、モチベーションは長くは持ちませんでした。

連日に渡る深夜作業が私の心を苦しめました。

深夜1時に現場へ入り、また翌日の深夜へ家へ帰るという日が続きました。

夢を持って専門学校を出て、舞台照明の会社へ就職しましたが、一生このように深夜に仕事をするのかと考えると続けて行こうという気持ちは無くなりました。

社長にも相談はしましたが、「根性無し」の一言で終わりました。

仕事を続けていくのにツライ、何かモチベーションを保つ方法は無いかと相談しているのに「根性無し」の一言は心に響きました。

こんな人達と仕事していくのは到底無理と判断し、私はその会社を退社し舞台照明の仕事からも手を引きました。

社長のワンマン経営と宗教っぽさに耐えられず、受付事務を辞めました

私は医療系の大学に通っていましたが、在学中からずっと芸能関係の仕事をしたいと思っていました。

裏方の仕事ではなく、演者です。

なので大学卒業後に国家資格をとりましたが医療の道へは進まず、渋谷にあるボイトレのスクールへ正社員として就職しました。

当時の私は芸能の勉強を全くしたことがなかったので、その希望も社長に伝え、合間に研修としてレッスンもできるという立場で受付事務として就業することになりました。
しかし、実際に入ってみると現状はとても恐ろしいものでした。

何もかも社長の思うとおりにならないといけない会社で、みんなで成長させようというよりは社長は絶対のワンマン経営だったのです。

今でも理解できない規則もいくつかあり、社員同士の個人的な連絡が禁止であったり、相手の呼び名が決められていたりしました。

業務が終了したプライベートな時間にふざけてニックネームで同期の子のことを呼んだのですが、それがどこからか社長の耳に入り、私は説教されました。

そしてそれを周りで見ていた他の社員も連帯責任だと一緒に説教されてしまいました。
この一件があってから、社長の私を見る目は非常にシビアになりました。

ある時、後輩の事務研修をしていましたが、何度教えてもメモもとらないし覚えてくれず、つい少し厳しめの口調になってしまいました。

すると「新人をいじめている」と呼び出されて説教。

またある時は他の従業員の仕事を時間の都合で代行してやったところ「ひいきしている」と説教。

ちょっとしたことが全て説教につながるようになっていきました。

そしてこれが社員全員へとメールで逐一報告されるのです。

私がターゲットになる前は、他の社員に関するメールが頻繁に届いており、受け取った社員た

ちはそれに対して感想やら自分なりの反省を返信しなければなりません。

本当に精神的にしんどかったのを今でも覚えています。

そしてついに、業務の合間に気づいたら泣いているという不安定さが表に出るようになってしまいました。

幸い私の周りには理解して助けてくれようとしている人がいましたので、その方たちに背中を押されて辞める決心をしました。

我慢していたら、今頃元気に生活できていなかったかもと思うとゾッとします。

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コメント

  1. 林檎 より:

    全く同じ経験があります。
    職種は制作でしたが、夜中開始の会議や徹夜続きで身体はボロボロ…。
    モチベーションが無くなってからは精神的にも辛かったです。
    技術も制作も体育会系が多く、弱音を吐けないのが辛いですよね。
    だから辞めていく人が多く、新しい人も入ってきませんでした。

    でも、今は転職して楽しく仕事をしています。
    若いからといって我慢せず、病んでしまう前に
    楽しめる・モチベーションが上がる仕事へ就ける事を願っています。

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