『サービス残業』典型的なワンマン社長が経営する食品会社を辞めました。

私は、昨年の2月から働いた食品業者の食器洗浄の工場を3か月で退職しました。

元々、この会社に入社したのは、事務員としてでしたが、とにかくワンマンな社長には、私の仕事ぶりはお気に召していただけなかったようで、即日解雇されそうになったので少し闘い、事務所に隣接する工場のほうに異動させてもらいました。

工場のほうは、多少体力勝負で、臭いがきつい職業でしたが、皆さん良い方々で、始めは楽しく働いていました。

しかし、市内の小中校の食器を主に請け負っていたので、当然、春休みや連休は仕事がほぼありません。

その際には出勤が月に10日ほどしかないこともあり、時給690円、一日4〜5時間の計算では、とてもじゃないですが、暮らしていける状態ではありませんでした。

私は、この会社に入社するにあたり、実家から通うには遠い場所に合ったため、会社の近くにアパートを借りて暮らしながら通勤していました。

本来なら、解雇された際に退職すべきであったのですが、それでもその社長の元で働こうと思ったのはその為です。

閑散期には出勤数が減ることなどは異動する際に渡された書類には一切記載がなく、初めてそのことを知った時には愕然としたのを覚えています。

とりあえずは慌ててアパートを出て実家に帰りました。しかし、実家から通うためにはバスを乗り継ぎ、運賃も26500円支払っての通勤になります。

呆然として、これからどうしたらいいのか。考えながらも、まだある勤務日は休まずに働いていました。

ある時、元気がなかったその頃、スタミナを付けようと、とある焼肉屋さんで食事をしました。すると数日後、なんとカンピロバクター感染性食中毒にかかってしまったのです。

休職後も出勤し、働いていたところ、食中毒にかかっている間に、お腹をずっと下し、食事も満足にできなかったため、

ごっそりと栄養が体から出ていってしまったようで、それまで業務用の洗浄力の強い洗剤やアルコール、漂白剤を使っても、厚手のゴム手袋をはめて作業していたうえに、ハンドクリームできちんとケアしていて、気になるほど手が荒れてはいなかったのですが、突然、両手の指の皮がすべて剥けてしまい、真っ赤に腫れ上がりました。

その手を見て、「私は皿洗いのためにここに来たのではない」と、ボロボロと泣きました。

職場の皆に話すと、一応厚いゴム手袋だけども、使っているうちにいつの間にか穴が開いて、洗剤やら、汚れやらがその穴から手袋の中に入ってくるため、ゴム手袋をしている意味がないと嘆いている方もいて、パートだから、その為の労災や補償も何もないとのことでした。

「これはもう、無理だ」と、やっと辞める決心がつきました。

さらに驚いたのは、事務員の頃も、異動になってからも残業しても仕事をしていたのですが、すべてがサービス残業で、その分の賃金は全く支払われなかったことです。

次に働くときには、どんなに有名な会社でも、よくよく見極めて仕事を探そうと、心から思ったのでした。

洋菓子製造のお店で仕事をしていたのですが、思っていた以上に給料を払ってもらえず、1年4ヶ月でやめました。

自分が仕事や人生のことで途方に暮れていた頃、たまたま友人の紹介で自分が仕事をすることになる洋菓子のお店へケーキを買いに行ったときのことです。

「今、働いてくれる人を探してるんで、よかったらどう?」と声をかけてくれたのがきっかけでした。

そして、後日、こちらから連絡を入れ、面接を受ける運びになりました。

このお店はまだ開業して2年ほどで、店主も若く、何よりこの業界が厳しいということもあって、経費はぎりぎりの状態で経営を行っていました。

ケーキを買いに行ったときや面接のときにその話も聞かされた上で、店主から「従業員にはこういう仕事をしてもらって、これくらいの給料はあげたい」という理想の話は聞かされました。

ただ、僕もそれを自分が働き出したらすぐに実行してくれるものと勘違いしてしまっていました。

僕は、クッキーなどの焼き菓子専門の分野で製造にあたっていました。

仕事自体は覚えてしまえば、単純作業を長時間するだけで難しいことはありませんでしたが、何より労働時間が1日9時間程度拘束されるのと、時給制ではなく、月々の少量の固定給(多少の出来高制)だったため、非常に割に合わない仕事でした。

しかし、当時の自分は雇ってくれるだけでも有難いと考えていたので、しばらくは我慢して、いずれは給料を上げてもらえるなら頑張ろうと思って働いていました。

また、店主もそのことについては常に「申し訳ない」と言ってくれていたし、自分が働きやすいように職場環境だけは気を使ってくれていました。

おかげで長時間の単純作業で、自分がやりたい仕事とは違っていても、「楽しい」と思えるような瞬間もありました。

だから、働きやすい環境ではあったと思います。

しかし、1年経ってもいっこうに給料は上がらず初任給の低給料のままで、さらにやめる2ヶ月前には経営不振でお店の存続の危機について店主から聞かされることになります。

「今後、経営方針を変えていくかもしれないので、このタイミングで、このまま続けて働いていくか、やめるかの返答をほしい」と言われます。

僕も1年数ヶ月経って、さすがにやりたい仕事でもないのにこの給料ではずっとやっていけないと思い始めていたし、家族からも「いつまで続けるの?」「新しい仕事を探した方がいい」と言われていたので、このタイミングで辞める決断をしました。自分としてもいいタイミングでした。

この店主も言うことは一人前なのですが、言ってることとやってることが違ったり、口だけのところがありました。

また、浮き沈みが激しく、自分も翻弄されやすかったです。
このようなことも辞める理由の一部としてはありました。

その後、このお店は、新しい技術専門のスタッフを迎え入れて、製造だけでなく小売も行い、様々な宣伝をして、営業を拡大していくこととなるのですが、半年後、右腕となっていた技術専門のスタッフがやめてからは、またお店存続の危機に立たされ、また違う分野に範疇を広げつつあるようです。

とにかく浮き沈みの繰り返し。不安定なお店です。僕は辞めてよかったと思っています。

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