設計職(技術職)でも結局は人間力ですね

製造業の設計部門に勤めて5年、ついに我慢の限界を超えて辞めてしまいました。

その理由は、人間関係であり、またそれに伴った仕事のしにくさを肌身感じていたからです。

入社当時から、あれ?ちょっとおかしいなと思うところは多々ありました。

例えば、入社当初からの教育体制や雰囲気です。初出勤日、意気揚々と出社しあいさつは大きな声でしようと心がけて実行しましたが、挨拶が返ってくるのは数人でしかもぼそぼそと言っているのかいないのかよくわからないボリュームでした。

そして、実業務でのOJTや教育に入っていったわけですが、いきなりただソフトの教科書を渡されて見ておいてと言われただけで、わからないところは聞いてくださいと放置されました。教育プログラムが整備されていないことがまじまじと理解できました。

わからないところを聞きにいっても、気概をもって教えるという態度はまるでなく、ただ面倒な感じで対応されるばかりでした。ましてや、聞くときはまとめて聞きに来てくださいという返答をもらったことも。

そんな感じでしたから少し嫌気がさして、少々わからないところがあっても聞きに行くのを躊躇するようになりまして、そうすると今度はなぜ聞きに来ないんだという態度をとられることに。

でも何とか、我慢してスキルを身に着けようとやめることはしませんでした。

実業務がはじまってもその雰囲気は変わることもなく、当然こちらはミスをするわけですが(当時はそれがミスかどうかもわからない状態なのに)、それについてはこちらを攻撃して責任をおしつけるばかりで、自責の念というものがまるでありません。部署の課長からしてその態度ですから、その部下たちもその慣習を引き継いでしまっているようでした。

結局のところ、教育者の教育ができていない、まだ未成熟の会社なのだと肌で感じました。もっとも大切な教育というところに重きが置かれず、既存のある一定レベルに到達した人材を採っているだけで、自分の会社で育て上げた人間がいないことは明確でしたし、後日改めて再認識することになりました。

設計という職業柄、スキルに自信が無くついていけるかなという思いはありましたが、結局最終的には人間関係、コミュニケーションの問題が最も大切であり、むしろスキルというものは、そこのコミュニケーション能力や環境がしっかりしていれば何とかなることなんだと気づかされました。

スキルを身に着けたくて入社してある程度は身に付きましたが、結局人間関係がネックになり徒労感のほうが数倍感じられ、人生を消耗する前に環境を変えた方が得策だと思い、その会社を辞めました。

電子部品メーカーの営業を精神面でボロボロになって退職した話

新卒でとある、東京と横浜を中心に事業所を持つ電子部品メーカーの営業職に内定しました。

大学時代は公務員を目指しており、筆記試験で全滅して慌てて就活した結果入った会社です。

とにかくハラスメントが会社中に蔓延しており、心身ともにボロボロになりノイローゼを起こして自主退職しました。

最初入ったとき、営業部署に新人が入るのは5年ぶりということで、非常に歓迎されました。

直属の上司は課長であり、20年以上技術畑にいたが営業に異動、初めて部下を持つとのことでした。

思えば、このあたりから非常に「地雷要素」が満載でした。

わずか五日間だけの新人研修を終え、東京の部署に配属され、その課長から渡された資料は、客先やら自社の各部署がごちゃごちゃに書かれた非常にわけのわかりづらいもの。

そして、自社の組織すら満足に覚える機会もないまま、客先に連れていかれます。

さらに、営業の部署の中でも特に件数の多い客先を担当になります。

一か月も経つと、客先からは見積依頼の嵐。

ここから二年に渡る、私と見積書との闘いが始まります。

入社三か月目にはたしか、月の残業時間がすでに50時間を超えていました。

見積作業がほとんどを占めています。

さらにこの会社は、数社を経験した今ではよく実感できるのですが、今考えると非常に古い体質の企業でした。

客先から見積依頼が来て、工場に製品の見積算出を頼むと、大抵工場のエンジニアからは「やりたくない」「今ほかの案件で忙しいから」とまず文句が飛んできます。

見積作成依頼書(これも営業→取締役→工場と承認が紙ベースでまるで稟議書のように回るため、目的に部署に届くまで非常に時間がかかる)が工場に届いたのを見た部署長から、内線で「はぁ?」「なんでこんなのやらなきゃいけないんだよ」と怒号が飛んでくることもしばしば。

普通会社にとって仕事が増えることはイコール収益が増えることであり、客先にも認められて嬉しいことであるはずですが…しかも私の担当は公共事業に近い業態だったので、確実に利益は出る仕事です。

いわゆるモラール(モチベーション)が非常にひどい状態でした。

それでも仕事は増え続け、一年ほど経ったある月では、一晩に見積を100件作らなければならず徹夜を二回し、月の残業時間が100時間になりました。

工場が動かない、客先の要求が多いことの腹いせに上司の課長からも怒鳴られるなどのパワハラを頻繁に受けました。

また、予算を作る仕事がぜんぜんうまくできず、このことでも毎回非常に精神的に「絞られ」ました(今思えば入社一年で営業部署全体の資料を作成しろというの自体、無茶だったと思います)。

結局、入社一年半ほどで産業医からはノイローゼの診断が出て、仕事に追いまくられ対人のハラスメントを受け続けることから逃げたくなって会社を辞めました。

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