あまりにもブラックな社団法人を辞めました。

病気療養でしばらく休んでいましたが、主治医の許可も下り、そろそろフルタイムで社会復帰のできると考え、就職活動をしていました。自分の条件としては、体調を考慮し残業のない職場がいいと思っていました。

第一希望は病院の事務でしたが、なかなか連絡が来なかった為、同時に応募していた社団法人の採用が先に決まりました。自分としては1か月くらいは就職活動にかかると思っていたので、予想より早く職場が決まり、嬉しかったです。

面接の時に、第一印象で目つきの鋭い方がいて、なんとなく違和感と苦手意識を持ちましたが、せっかく声を掛けてもらったのだからと思い、入社を決意しました。

しかし予感は当たるもので、入社初日に先輩から「4月までに5人辞めたのよ。」と。私が入ったのは7月で、先輩は5月入社。その時に同時に3人辞め、その前にも2人ほど辞めているようでした。

理由はわかりませんが、予想以上に仕事が大変なのかなぁ、くらいに思っていました。

私は総務部に配属になり、パソコンのスキルを活かしながら仕事をしたかったのですが、最初の仕事はファイル整理。別部門のファイル整理が追いつかない状態で、昨年度のファイルからずっと整理していました。

1ヶ月間その作業で、やり甲斐もなく過ごしましたが、お役所仕事が初めてだったので、「こういう感じか…」と思いながら仕事をする日々でした。

上司の席が隣だったので、他の人とのやりとりや外部との電話のやりとりを聞いていて、とても嫌な気持ちになりました。

気に入らない相手に対して「あいつ仕事できね?よな」とか電話を切る際に舌打ちをするなど、相手が年上であろうが関係なくそのような発言がありました。

私の仕事の進め方が他の職員と違っていたので、それを注意された時のことですが、うまく仕事が回せなかった私に「言うとおりにやらないと判子押さないからな」と言われ、おもわず「パワハラだ…」と感じました。

資料の整理や総務全般の仕事、庶務関係もしましたが、自分の思い通りに動かないとひどくご立腹される上司でしたので、上司の意図をくみ取るのに意識を集中させていました。文書の言葉が違うと「俺の考えと違う」という理由で判子は押してもらえません。

自分と同期の職員にも容赦ない言葉が飛び交い、直属の上司だけならまだしも、一番上の事務局長も同じようなタイプで、別部署の上司曰く「自分の保身のため」に行動する方でした。

一年間は頑張る!と決めて仕事をしていましたが、次第にメンタルが落ち着かなくなり、主治医に相談して薬を増やしてもらうなどの対応を取っていました。出張も多く、時間通りに帰社しないといけないので、帰りの高速で焦ってスピードを出しすぎになりそうな先輩もいました。

一年毎の更新なので、みんな更新時期には辞めるか続けるかで悩んでいました。

外部からの苦情や批判の多い職場でした。

辞めるに辞められない立場の職員は、入社してから6キロも体重が落ちたそうです。

当時20歳のまだ若い職員でした。他の職場での経験がある私たちからすると、もっと他の職場で経験積んだ方がいいと思い、残業も多い部門だったので、「手帳に全部退社時間メモしておいた方がいいよ」とアドバイスをしましたが、本人はとても悩みながら働いていました。

同期の職員は全員の前で事務局長に怒られながら仕事をしていました。周囲が口出しできない状況です。そしてそれはいつ自分の番になってもおかしくない状況でした。

「残業なし」とあったので定時で帰っていましたが、「臨時職員感覚の人、いるよね」と言われ、定時で帰ることは控えました。

年度が変わり、やっと別部署へ異動になりました。

私の体調が思わしくいい状態の時だったので、思い切って新しい上司に相談しました。

その前日に自殺未遂をしてしまったので正直に話しました。

当然事務局長にも話が行き、その後は半ばシカト状態でした。同じ部署の先輩は、「○○さんから何か相談されてる?彼女の言うことは聞かないでね」や「何か相談されても忙しいからて断ってもいいんだぞ」と言われたそうです。

ショックというか、もう無理だと思い、辞める決意をしました。

新しい上司も「ここは長く居る職場じゃないから、もうそんな状態なら辞めた方がいいよ」と言ってくれました。

今その職場には、毎日残業していた当時20歳の女性しか残っていないそうです。新しい人が入ってきても、またすぐに辞めるそうです。

その職場を辞めても、若い彼女のことがみんな心配です。ある人は「辞めた人間みんなでまとまって訴えるしかないね」と言っていました。

今でも怖くてその社団法人が入っているビルに近寄れません。

財団法人で総務という名の「何でも屋」に疲労が溜まり辞めました

財団法人の海外事務所にて会計として就職しました。

各現場に数人配置され、限られた人員で現地本部を運営していました。

しかし、その本部には代表と呼ばれる立場の人間はいるものの、自分が動いて仕事するなんて夢にも思っていないような、「腰掛け」意識の強い人ばかりでした。

現場で起きた問題を相談しても「よきにはからえ」、スタッフが辞めても「よきにはからえ」、さらには事業の報告書作成や新規事業の申請・交渉さえも「よきにはからえ」で処理、そもそも会計職として雇われた私が現場との連携や人事、事業マネージメントまでやる事になってしまいました。

自分が手を出してしまったからとも言えますが、それでも誰も動かず何も進まない状況、それに対して焦りさえない上司、不安を抱く現場に挟まれ止むを得ない状況でした。

上司には何を相談しても、具体的な提案・指示はなく、最後には「こう処置します」「こう処置しました」の報告だけになりました。

何も把握していない上司は暇そうにパソコンの前で遊んでいる反面、私は現場から出る不満に対応していて1日が終わり、それから他の仕事に取り組むような日が続きました。

そんな時、珍しく代表が話し掛けてきたと思ったら「君、頑張ってるから『総務』にしてあげるよ」と一言。

ただの会計がいろいろやっているから総務という立場の方が合っているような気がするのは分からなくもありませんが、単なる思いつきで与えられた「総務」という立場

昇格させてやったとでも思っているような満足気な顔に私は腹が立つばかりで、少しも嬉しくありませんでした。

むしろ、「総務」という立場にする事で、業務範囲を曖昧に押し広げたなという感じで、益々「これも君の仕事だよ。よきにはからってくれたまえ」と言われているような気分でした。

全てお膳立てして、何もしていない人からめくら判だけ頂戴する、そんな望んでもいないやり方でしか仕事ができないことにイライラ

全て自分がやっているのに日本の本部に対する手柄は全て上司のものになるのもイライラ

現場の問題も事業の進捗も何も把握していない上司が「代表」という立場だけで全ての決定権を握っている事にもイライラ、「総務」という便利な名前を着せられた何でも屋の私は限界に達していました。

代表が代わることもあり「次こそは!」と毎回期待するのですが、送られてくるのは中学生レベルの英語しか話せない人、パソコンでワード・エクセルが初心者レベルの人、海外初めてですみたいな人ばかり。

別に英語が話せなくても、パソコンができなくても海外経験がなくても、熱意を持って取り組んでさえくれればもうそれでよし!とさえ思っても、「腰掛け意識」だけは驚くほど共通、それさえも叶えられませんでした。

現場では私を頼ってくれている人もおり、何度も辞職を留まったのですが、この組織が体質を変えることはこれから先も絶対にない、という確信が揺らがなかったので、辞職をしました。

全力で仕事はしていたものの、愚痴っぽくなる自分にも疲れていたので、辞職してとてもスッキリしました。

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