私立高校の先生は私がいくべき場所ではありませんでした

私立の高校教諭をしました。卒業してすぐ、大学時代の指導教官の紹介でした。地方では有名なお嬢様学校です。

生徒からだけでなく、教員同士も「先生」と呼び合って、初めは「とうとう私も先生か」と、希望に燃えたものです。

しかし、すぐに現実を知らされました。5月に、突然「中間試験の問題を作って」と言われ、なにしろ始めてのことで悪戦苦闘。

原稿を書いては破棄し、期日は迫り、いま思えば社会の洗礼を受けた、と理解することでしょう。しかし、会社のように上司や先輩のアドバイスもなく、右往左往の毎日でした。

学校というところは、新人でも10年選手と同じように授業を受け持ちます。独立独歩なのです。

それを誰かがチェックするわけでもなく、自信満々と自信喪失の繰り返し。ルーティンワークである学校行事でさえ、「知っていること」が前提なのです。

一学期と二学期までは無我夢中でしたが、さすがに後半は、疑問がわいてきました。このまま「先生」といわれて、その気になっていいのだろうか、と悩みました。

生徒たちは可愛かったです。年も近かったせいもあってか、とても真剣に授業も受けてくれました。

ほんとに今思えばですが、そのお嬢様学校は、卒業生が先生になる、というパターンだったのです。ですから「学校のことは知っていて当然」だったのですね。

いわゆる外様でした。はじめはトイレの場所も知らなかったのですから。そんな私をみんな冷ややかに見ていたようです。

なんで私のような国立大学出をとったのか、というと、学長が「こりままではいけない、なんとか進学率を上げたい」と、へんな野望を持ったからなのです。

いわゆるお嬢様学園からの脱皮ですね。そんなこと、こっちは知りもしないし、第一、教員全体がそんな雰囲気ではありませんでした。

そもそもお嬢様とは無縁の私、そして教員という自覚もないまま、教壇に立つ私。自分の意識と環境が、まるでフィットしませんでした。

やってられない、と思いました。人からは「贅沢、我儘」と言われましたが、このままでは、自分の人生が台無しになる、と思いました。

教官にも申し訳ないことをしたと思います。でも「やはり野に置け蓮華草」です。本質に合わないところでの仕事は、つらいものです。

職業は、もちろん職種もですが、働く環境がとても大切だと悟りました。そこがいい悪いではなく、自分に合うかどうか、ですね。

実はそれからずっと後、その学園の大学部に特別講師として出かけました。

そのとき、若い事務職の女性同士でさえ「先生」と呼び合っていることに、とても違和感を覚えました。たぶん卒業生なのでしょう。

そういう世界の人たちです。私に合うわけないでしょうが、と思いました。

やめたあと、ずいぶんお金の面で苦労しましたが、やめてよかった、と今でも思います。

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コメント

  1. oja より:

    私立学校は、進学校となることを目指している学校が多いです。
    そのこと自体悪いことではありませんが、教師の休息時間まで削って補修授業や、資格検定作業に当たらせているようです。
    外へのアピールに目が行き過ぎて、自校の教師の権利まで奪うような体制はいかがなものかと思います。

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