夢だった教師生活・・・こんなに辛いなんて

「あなたの名前をつけてもらったとき、この子は将来教師になるだろうと言われたんだよ」幼いころから何度も親に聞かされてきた私。

頭に刷り込まれてしまったのでしょう、いつの頃からか自然と私は教師を夢見るようになり、大学も教育大学を選び教師を目指しました。

私が中学生の頃、担任をしてくれた女性の教師が優しくていつも親身になって話を聞いてくれました。

みんな先生のことが大好きで、クラスの雰囲気も良く、みんな一致団結していたように思います。

その当時はいじめもなかったし、みんな純粋に先生の言うことを聞いていました。

私もあんな先生になりたい・・・そう思っていました。

ところが大学卒業後、晴れて社会科の教師として勤務し始めた私でしたが、思い描いていた理想と現実のギャップに驚く日々が続くのです。

まず、子供たちの変化に驚きます。

授業中に平気で歩き回る・隣同士のおしゃべり(しかも大声で)は当たり前・授業中にいきなり他学年の子供が乱入してくる・・・。

普通授業中は静かにしてるもんでしょ?歩き回るってどういうこと?初めは頭に「なんで?なんで?」というはてなマークが踊りまくっているような感じでした。

全ての子供がそうであるとは決して言いません。

一部の子供がうるさくしていたり自分勝手なふるまいをすることで、明らかに他の子供が委縮してしまっている状態でした。

そのうち大人しかった子供まで影響されておしゃべりし始める始末。

こんな状態で授業が進められるわけもありません。

新任だった私だけがこういう状態というわけでもなく、女性教師のクラスは特にひどかったように思います。

結局なめられていたんですね。

子供は先生をみていますから、怖い先生・自分のクラブの担任の先生など、自分の立場が危うくなる教師の前では大人しくしているように見せかけて、「こいつは大丈夫だ」と思った先生の授業ではとたんに自分勝手に振る舞ったりするのです。

徐々にエスカレートしてきた授業崩壊を前に、授業の空き時間のある先生が他のクラスを見回ることが毎朝のミーティングで決定し、男性教諭が廊下を歩いて授業中のクラスの様子を見に来てくれるようになりました。

効果は抜群、その日からピタッと子供たちが大人しく授業を受けてくれるようになったのです。

私にはこの見回りがありがたくて仕方ありませんでした。

しかしその効果も束の間、子供たちは見回りのあるときだけ大人しくしてそれ以外は再び自分勝手な行動をとるようになったのです。

どちらかというと昔から気弱で人に強く言えない性格の私でしたが当時は毎日大声で怒っていました。

声もガラガラになり、精神的にも辛かったです。

私は怒るために教師になったのか・・・思い描いていた理想ははかなく散って行きました。

ショックだった出来事は、ある日言うことを聞かない男子生徒に注意したとき、彼は私の目の前でノートをびりびりに破って紙ふぶきのように捨てたことです。

ノートは彼が勉強してきた大切な証です。

それを目の前で破られたとき、それはそれはショックで、思わず授業後トイレで涙してしまいました。

今思い出しても教師になりたての頃は試練の日々でした。

もしかしたら暴れていた子供たちも何か心に抱えているものがあったのかもしれない。

その子たちに教師としてもっと何かできたのではないか、今となれば後悔することもたくさんあります。

でもその当時の私は目の前のことに必死でどうしたらいいかわからなくなっていました。

数年後私は教師を辞めましたが、今でも当時のことは苦い思い出です。

どこの学校でも同じことがあるとは思いませんが、願うのは子供たちが穏やかに学べる環境が当たり前にあってほしい。

そのためにどうしたらいいんだろう、自問自答しています。

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