『新入社員』精神的な葛藤から家電メーカを退職しました

私は大学の工学部を卒業して約30年前に、中堅家電メーカに技術者として入社しました。

当時は会社も右肩上がりの成長期にあり、同時期に採用された新入社員は数百人にのぼりました。

私は、ある製品を開発する技術部に配属されました。

先輩技術者の指導を受けながら、まず仕事のスキルを身につけることに必死でした。

製品を生産するためには、数多くの下請けメーカさんの協力が必要です。

その下請けメーカさんが作れる様に設計する必要があります。

難しい部品は作りにくい、納期も間に合わない、値段が高くなると文句も言われます。

しかし希望を無条件で聞き入れていれば、出来た製品で競争相手に勝つことはできません。

また部品ができても大きな部品の生産や、製品の組立は自分の会社の工場で行っていました。

生産ラインで組立てている時に、問題が発生すれば、すぐに解決するために対応しなければなりません。

実際に販売された製品が市場で問題を起こせば、さらに深刻なことになります。

一刻も早く問題を解決しなければなりません。

ですからいちおう完全週休2日制のシステムでしたが、連日深夜まで残業が続き、休日出勤も当たり前でした。

残業代の予算も決められていますから、サービス残業など当たり前の時代でした。

製品が作れず、また売れなければ、会社の存続も危なくなります。

ルーチンワークで時間が来れば仕事が終わる職場ではありません。

時々、同じ会社でありながら、終業時間が来ればさっさと帰ることができる職場をうらやましいと思ったこともありました。

ただ、いろいろな問題の解決のために、同様に必死になって仕事をしている先輩技術者の仕事ぶりを目の当たりにすると、自分自身も、早く、より高いレベルの技術スキルを身につけたいと思いました。

給料や地位などの待遇を考えたら、全然割に合わない仕事だったかも知れません。

ただ、新製品出荷の時期が来て、それが数多くの店頭にならぶのを見ると、達成感というのでしょうか。心底から満足感を得ることができました。

きちんとして設計して、きちんとした商品を作り、それがお客様に喜ばれて、その利益で生活することができる。

この喜びは、当時何物にも代え難かったと思います。

やがて月日は流れ、私自身がベテラン技術者として仕事をする様になりました。

会社も中堅メーカから大手メーカとなり、数多くの工場が海外に移って行きました。

私自身も頻繁に海外出張、赴任とさらに忙しい日々を送る様になって行きました。

競争相手も日本メーカから、巨大な海外メーカが相手になり、さらに厳しい生活を強いられる様になりました。

また仕事内容が現場での技術業務から組織を維持するマネジメント業務の方に変化して行きました。

そして若いうちには、決して気にはしなかった会社の目指す方向と、自分自身の目指したい方向が大きく異なることに心で葛藤を感じる様になりました。

その葛藤が大きなストレスになり、私自身は大きな病に陥ってしまいました。

それと同時期に会社の経営危機が大きくマスコミに報道されました。

希望退職が募集され、それと無く退職勧奨も受けました。

既に私の心に迷いは無く、家族に相談して会社を辞めました。

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