警備業の管制業務は最低最悪の仕事。

今から6・7年前に入社した仙台に本社がある交通誘導警備会社くらい今までの人生の中でゴミクズクラスのブラック企業はなかった。

他職の営業の仕事から転職した先は面接の段階で幹部候補だと言われた警備会社であった。

最初の数ヶ月は現場の警備員と同じく交通誘導警備またはスーパーや飲食店の駐車場警備だった。

思えばその頃は、このゴミ会社の嫌な面を見なくてすまなかったのだ。

今でも思うのが、この時に転職したら職歴に傷が付からなかったと思う。

警備会社の幹部職員である警備員を配置する管制業務になった途端に所長、営業員、先輩管制員の態度が横柄になってきた。

約束された給料より2万から3万円位低い給料にされたのだ。

しかも同時期に配属された元警官の管制官のおっちゃんは少しだけ給料が高かった。

この親父は上司には媚びを売って同僚や俺には恫喝するクソ野郎だった。

はっきりしているのは事業所にいるだけでイライラが溜まってきて胸糞が悪くなる様な環境だった。

まず所長(事務所に営業に来た人にも所構わずにネズミ講を勧めるゴミ)は社員を消耗品かつストレス解消のオモチャにしか思ってませんでした。

営業と関係ない管制官の自分に、「今から飛び込み営業で警備の仕事をとって来い。成果は出ないと思うが成功したら給料にプラスして酒でも奢るぞ。」と言われたので自分 は頑張って大きい仕事をとってきたのだが、自分の給料には一切反映されずに所長と所長のイエスマンの営業員の手柄になっていた。

抗議すると所長は怒鳴りちらしながら、「ふざけんなテメー。解雇するぞコラッ。よしテメーは今日から管制業務で使うパソコンを取り上げる。」と訳の分からない事をほざいて仕事をスポイルされた。

その時には誰も事務所の中の人間は誰も味方する者はいなく次第に自分は孤立していったのである。

その状況に輪をかけて悪化させていったのは先輩管制官であった。

ウマヅラの高校中退で碌な就業が出来ずに高校進学の娘をを抱えるのに低賃金の警備管制官をやっているので日頃の鬱憤を抱えているので何かと因縁を付けてきた。

仕事にも慣れない自分をわざと嘲笑したり隊員の前で怒鳴りつけるのは日常茶飯事だった。

わざと人前で半人前扱いする侮蔑の言葉を吐いたので口論になって殴り合いの喧嘩に発展しそうになったのは一度や二度どころでもなかった。

最後に所長、営業員、先輩管制官に対してブチ切れて退職届を叩き付けて帰った夜に携帯電話にかけてきて、「テメーよ。これから生活出来ると思ってんじゃねぇぞ。」いつもの如くネチネチ言ってきたので、「私は今日、会社を辞めた人間ですよ。これ以上関わると警察や労働基準局に相談しますよ。それと産まれたばかりの息子の面倒を今から見ますので今後は電話をかけてこないで下さいね。」と言って一方的に切ってから会ってはいない。

多分、道端でバッタリあってふざけた事を言われたら最低でも手か足が出ると思います。

営業員の奴も上に媚びる最悪な奴だった。

手柄を分捕るのは当たり前で、それで俺の手柄だと見せるのが本当に上手かった。

かなりの気分屋で若年性更年期障害でも患ってんじゃないのかと思う位に暴れ散らす迷惑野郎だった。

自分が辞表を叩き付けた時も、「テメー仕事を舐めてんのか。」と凄んできたので自分は言葉を返して、「舐めてませんよ。あまりに会社が酷いので当然の行為をしただけですよ。それではサヨウナラ。もう会う事はないでしょうね。」とわざと優しい口調で言ってやった時は

怒りの顔で震えていたのがよく分かった。

次の日に職安で離職票を作ってもらった時に故意に会社側が辞めた月の賃金をゼロ円にしていたので職安と労働基準局に訴えたら、辞めた月の賃金は支払われる様になった。

その日の携帯の着信履歴にバカクズ所長、カス営業員の着信履歴が30件以上あった。

因みに辞めた日には所長、営業員、先輩管制官と会社の電話は着信拒否していたのだ。

必ず嫌がらせがあると思っていたのだが辞めた次の日に嫌がらせが始まったので関係を絶って良かったと感じた瞬間だった。

警備会社はこの様に最悪の人種が揃うんだなと感じたので、それ以来はバイトでも警備業をした事がありません。

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