志を持って始めた塾講師。生徒は可愛かったけれど、夢を失くしました



わたしが新卒で入社したのは、中学受験の業界でした。

わたしは大学生のころから塾講師や家庭教師をしており、生徒に勉強を教えて、生徒の成績があがるとわたしも一緒になって喜ぶ、というような生活を送っていました。

そういった経緯から、自分が中学受験をしたこともあり、この業界で仕事をしていこう、と思ったのです。

わたしが入社した塾は教材も手掛けていました。わたしは大学は文学部だったこともあり、いつかは国語の教材を作っていきたいと思っていました。

入社してまずは研修、その後は校舎勤務、そして、しばらく校舎勤務を経験した後、いつかは出版部や広報部など、希望の部署へ行ける場合がある、と人事の方からは説明されていました。

その流れにそのときは、不満を抱いていませんでした。校舎勤務で頑張れば頑張るほど、評価されて、いつかは本当にやりたい部署へ行けるのだな、くらいにしか考えてていなかったと思います。

実際入社して2か月ほどは、研修だったので全く問題なく通勤していました。しかし、研修が終わり、いよいよ所属校舎に勤務するようになると、少しずつわたしの精神面が変わっていってしまったんです。

まず、わたしの心にひっかかった点は、同期の話でした。

わたしの勤務先の校舎は、校舎長がきちんとした人だったおかげか、残業代も出たし、残業もあまりするな、と頻繁に声をかけてくれました。

しかし、所属校舎によっては違ったようで……やつれていく同期の口から出る言葉に本当に驚きました。

同期の話によると、彼女はほぼ終電帰りで、しかし、タイムカードは勤務終了時間に切れと言われているから、残業代は全くでない、というのです。

そして、少しずつ、わたしの校舎でもあれ? と思うことが増えていきました。

残業はするな、とは言ってくれますが、お昼の時間は誰も取っていません。

また、校舎長がしょっちゅう具合が悪くなり、顔色も悪いのです。先輩に聞くと、本部のほうから人件費を削減しろと言われて、頭を抱えているのだと聞きました。

飲み会でも、校舎のみんなで本部の悪口しか言いません。

また、勤務時間は塾なので、12時から21時までだったのですが、生徒が来ない夕方までは比較的時間がありました。よって、そのときに授業準備などをするものかと思っていたのですが、ある日、たまたま校舎に来た本部の人に、授業準備など、家でできることは家でしろ、と言われてしまいました。

しかし、夕方までの時間はそれほどすることが実際、ないのです。でも本部に言われたから……と、みんな、夕方まではのんびり校舎の受付をしているだけなのです。

ではいつ授業準備をするのかというと、出社する前や、退社して家に帰ったあと、あるいはお休みの日、でした。

家では授業準備の時間に追われ、私はいつ休んでいいのか、わからなくなっていました。

平日休みで、週二日は休まなければならないはずなのですが、気づけば今週は毎日出勤している、ということも多々ありました。

そうして、少しずつ精神的に疲弊していきました。

効率の悪い現場、家で授業準備を強いられ、家でも休めず仕事に追われ、本部は現場をわかっていないし、現場は本部を毛嫌いしているし……。

極めつけは校舎長から、お前が理想としてる出版部は、ただ昔の過去問を掘り起こしてちょっと手を入れているだけで、何もクリエイティブなことはできないぞ、と言われたことです。

その一言で、出版部に行きたい気持ちもなくなってしまいました。

生徒はとても可愛かったですが、それ以上に、心底疲れ始めてしまいました。

家にいても校舎にいても、常に仕事をし、また、いつ残業代が出ないようなブラックな校舎に飛ばされるかわからないという不安もありました。

相変わらず、昼ご飯にしっかり時間をとって休む、というような空気は許されず、自分のデスクから動かず、オニギリやソイジョイをかじる日々です。

校舎長の一言から、目指すべき場所もなくなりました。

そのうち、本当に精神的につらかったようで、耳が突然聞こえなくなったり、目の前が突然まぶしくなって、何も見えなくなる、というような体の変化が出るようになってしまい、お医者さんに行くと、ストレスが原因だと告げられました。

お医者さんの言葉に、半分ほっとしたのも事実です。これで、辞められる……と。

塾講師は平日休みで、勤務終了時間も遅いので、体が強くないと、あるいはかなり強く志をしっかりと持っていないと、なかなか続けることができない職種だと思います。

生徒のためを第一に思って、自分の身をけずることができる人は、続けられるのかもしれません。

華やかで、親身になってくれる優しい語学学校受付のお姉さん、生徒の時はそう思っていました・・・

私は学生の時に通っていた語学学校に就職しました。

生徒の時は「受付のお姉さんって毎日外国人の先生に囲まれて、無料で外国語の勉強になるし、日本にいながらにして海外で生活しているみたい。服装も自由だしかっこいい〜。」なんて憧れていました。

だから就職試験に受かった時にはとっても嬉しくて。

当時は卒業後、実家にUターンして親と同居していて、そこで就職試験を受けました。

もちろん実家から通える学校を希望している旨は伝えたのですが・・・。

まさか実家から遠い、他県の学校に配属されるとは思っていませんでした。

生徒の人数がかなり多い、大きい学校で、新人がいきなりそこに配属されるのはきっと名誉なことではありますが、実家よりも田舎といえるその土地に、私はいつか実家から通える学校に転勤したいと、ずうずうしいとは思いつつお願いをしました。

さて、入社後社会人1年生の私は給料をいただくということはこういうことかと思い知らされることになります。

学生の時もアルバイトをいくつかした経験があり、一応社会のことをわかっているつもりでいました。

が、まさか私が憧れた受付の接客のお姉さんが、ただの営業さんだったとは!

毎日外国人の先生と外国語でおしゃべりし、生徒さんが来たら優しくご案内したり世間話をしたり、なんて楽しいお仕事なんだろうって思っていたのに。

立地のよい場所の家賃、たくさんいる先生のお給料、私たちスタッフのお給料などなど、ひと月にかかる経費、プラス決められた金額の利益を少人数のスタッフで稼ぎ、しかも受付に座る私が一番ノルマが多いなんて!

そんな現実考えもしませんでした。

考えてみれば、学生時代の私はきっといいカモだったはず。

将来のための語学の習得という名目で、親にはかなり多額の授業料を払ってもらっていたし。

あの優しかったお姉さんが私の授業料目当てだったなんて思いたくない。

しかも経費や目標達成の意識があるのは、私たち管理スタッフだけ。

外国人も日本人も、教師は「私たちは教師だからお金の話なんかしたくない!」とかさらっと言うし。

けど、あんたたちの給料を稼いでいるのは私たちなのよ!と毎日心の中で思う始末。

それに外国人と外国かぶれした日本人のわがままなこと!

めちゃくちゃ忙しいときに、がばっと有給休暇をとるし、やたら権利を主張したがる・・・。

おまけに私は新規担当だからって、自分が営業努力をして入ってくれた生徒さん達とはろくにしゃべれないし。

なんだか私、口のうまいただの営業女になっている(涙)。

実家に帰ることもできず、本社には数字のことばかり言われ、生徒さんには日本語が通じるからってクレームばかり言われるし、教師からはわがまま自分勝手な要求ばかり。

外国人は言葉の通じない不慣れな土地に来ているのだから、ケアが必要だとか言われて大事にされるけど、私たちのケアはどうなるわけ??

気が付けば毎日お客さんや生徒さんがお金に見えてくる、そんな自分が嫌になって結局やめました。

あのときやめるって言っていなかったら、近々近くの学校の責任者にされる予定だったみたいです。

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コメント

  1. おまる より:

    私も塾講師の経験があります。教え子が、嫌いだった数学を好きになってくれた時や、点数が上がった時はとても嬉しかったです。
    でも、お給料は授業したコマ分しか支払われず、生徒の日報や予習、テキストの準備をする時間はただ働きだったので、正直辛かったです。それに絶対休めないし……。

  2. ぽちお より:

    志を持って働きだしたのに悔しいですよ。けど自分を大切にしてください。何より体が資本です。

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