肉体的負担が大きすぎて、ポールダンサーを辞めた

YouTubeで見かけたポールダンス動画に心を奪われ、ポールダンス教室に通い、そして無事ショーデビューを果たしました。

渋谷のクラブ・バーで1?2カ月に1度、定期的にショーをしていました。最初は踊ることが楽しく、練習を重ねるたびに新たな技ができるようになるので、どんどんハマっていきました。

ですが、筋力がつき、できる技が増えるに従って、肉体の損傷がどんどん激しくなっていったのです。

例えば、ポールに登るときやぶら下がるときには脚にポールを引っ掛けるのですが、掛けたところは摩擦で大きなアザになります。

主に内ももとスネ、二の腕の内側で、ジムのプールで出くわした方々からは、彼氏や夫からの虐待を疑われることもしばしばでした。

しかも、治るまでに2週間ほどかかるのですが、治る前に同じ部位を使って同じ技をするのでなかなか完治しません。

またアザは傷んだバナナのように斑らに青黒く、治りかけではオレンジから黄色に変色するので、ものすごく見た目が悪いです。

衣服で覆うとポールに引っ掛かれないため、隠したくても隠すことができません。治りが早くなるクリームなども、ポールから滑ってしまうので使えません。

それから、スピンに遠心力がつくようになると、手のひらの皮が剥けるようになります。

強く握らないと飛ばされてしまう、しかし強く握るほど摩擦力が強く手のひらにかかり、指の付け根の皮は一通り剥けます。

これは何度も剥けたり治ったりを繰り返し、タコができて皮膚自体が強くなるのを待つしかありません。

足の甲の皮も剥けます。右足の甲でポールをホールドしたまま、左足の脚力を使ってポール上で遠心力をつけたりもするため、右足の甲はかなり広範囲に皮が剥けます。これも皮膚が強くなるまでの辛抱です。

腰痛、ぎっくり腰も多いです。セクシーに見せるため、基本的に反り腰のまま踊ります。ただでさえ反り腰姿勢は腰に負担をかけますが、そのうえポールダンスでは軟体を見せつける技も多いので、開脚した両足と背中にポールを挟むなど、体とポールがとんでもないポジションになります。

そのため普通に暮らしていてはありえない角度に負荷がかかります。

しかも、逆さまになり、腰や片腕だけで全身を支えるようなポーズもあり、負荷は体重全部なので何十キロにもなります。

もちろん湿布を貼るとポールに引っ掛かれませんし、負荷がかかる場所は摩擦で皮膚が剥けていたりもするので、冷却スプレーなどは痛くてとても使用できません。

私自身が経験していなくとも、友人のポールダンサーが経験したものでは、足の指の爪が飛んだり、鎖骨を骨折したりとかなり重傷なものもあります。

足の爪は、床に足を擦ったままスピンするので、練習スペースの床がフローリングだったりすると、板の継ぎ目に爪がひっかかり、スピンのスピードが速ければ爪が剥がれてしまいます。

鎖骨骨折はどうして発生するかというと、右足だけでポールに逆さまに引っかかったまま両手で左足のつま先を持つようなポーズ(アイススケートのビールマンの天地が逆のものをイメージしてください)で、掛けている右足がうっかり外れてしまうと、鎖骨から床に落ちることになります。

鎖骨は弱いので簡単に折れてしまいます。

多くのポールダンサーは、たくさんの怪我を経験しても、踊ることの楽しさに魅了されてダンサー業を続けています。教室経営をしているような大物ダンサーさん達はほとんどアラフォーですし、妊娠5カ月でもインストラクターを続けていたり、産後数ヶ月で復帰するダンサーさんもいます。

しかし私は、上記のように肉体的な負担があまりにも大きいため、30歳になる前に辞めてしまいました。

『大衆劇場』入社初日からの人間関係と将来性のなさ

とある、大衆劇場で少しだけ働いていたことがあります。

入社初日に違和感を覚えました。家にはいい人しかいないから、と偉い人に言われ、私は深く考え込んでしまった。

いい人じゃないとここにはいられない、私はそこまでいい人間だろうか?いい人間ではない私は、ここにいていいのだろうか?
と、考え過ぎてしまった。

それに加え、朝昼の草むしり、仕事後の雑用、住居が先輩と同じというのが堪えた。

常に緊張状態が続いた。周りが怖くて仕方がなかった。

逃げ出したくなった。

草をむしりながら、自分は何をしているのだろうか。なぜ、ここにいるのか。なぜ、生きているのか。

そんなことまで考えてしまう始末であった。

今を思えば、自分がとっても軟弱者だったから行けなかったのだが。

そして、会社全体の会社を良くしていこうという感じが見られなかった。

自分一人一生懸命やっても、この会社はまったく変わらない。

職場の雰囲気、先輩方、おみやげ物の美味しくなさ、それを改善しようとしない人たち。

会社に未来を感じなかったこともあり、私はやめてきてしまった。

毎日いるのが辛かった。毎日、起きたしまうのが辛かった。会社に行きたくなくて通勤をため

らったことがなんどもあった。人間関係が不快だった。

朝晩、草をむしり、大量の落ち葉を運びながら、自分はなんのために生きているのだろうと、

ただぼんやりと考えていた。

毎日、目覚めたくないと考えてしまった。思い起こせば軽く鬱になっていたのかもしれない。

先のことをまったく考えられず、希望も何も持てなくなってしまっていた。

人間として、私は機能しなくなりかけてしまっていた。

こんなに、苦しい気持ちになりつつも、辞めることが恐ろしかった。辞めてのこのこ地元に帰

ったら、笑い者にされる。クズだと言われる。馬鹿にされる。

お前の堪え性がないからだとか、根性無しだとか、故郷に帰って否定される自分を考えると恐ろしくて仕方がない。

母には相談していたが、頑張りなさいと言われるだけで、解決にはならない。そのほか、親以外に誰に相談できようか。

自分の不甲斐なさを知られるようなことはしたくなかった。変なプライドが、私が辞めることを人に相談するのを妨げていた。

誰にも言えなかった結果、私は結局自分がそこにいる意味、そこで役にたてるのか自信が持てず、退職に至った。

変なプライドを捨てることができて、もっとほかの人に相談できていたらやめていなかったのかもしれない。

若手が会社を辞める・第二新卒向け


リクナビNEXT

会社を辞めたいと思っているけど、給料が下がるのは嫌だ!

今の年齢ポジションならどれくらいのお給料がもらえるか?

気になる方は転職サイトで求人チェック!

↓↓↓↓↓↓↓↓↓

>>公式サイト<<

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*