養護学校教員は体力がついていかず、辞めました

大学の教育学部養護学校教員養成課程を卒業後、念願の養護学校 今の特別支援学校のことです。

に教諭として勤め始めました。そのころ、うちの県ではまだ教員の初任者研修は試行過程で、私は県で3人だけの高校学校諸学校向けの初任者研修対象となり、新採教員研修も併せてとても多忙な一年を過ごしました。

毎日寝るのは午前2時ごろでした。しかし、その一年の間、私は病気一つせずとても充実して楽しい時を過ごすことができました。まだまだ教員としては未熟でわからないことがたくさんあり、子供の指導がうまくいかなくてつらくなってしまうこと正直ありました。しかし、子どもたちが可愛くて、そして、周りの先生方に助けられてとても楽しかったのです。

そのような日々が続き、だんだんと自分のやることに自信をもち始めたころ、3年再配で大学の教育学部付属の養護学校に移動になりました。

研究もあり教育実習生も頻繁に実習に来るでとても忙しかったです。

教員5年目になって結婚しました。仕事も多忙さにプラスして、家事や夫の実家との関係なども出てきて、ちょっと疲れ気味になりました。

その上、ペアを組んでいた先生のマイペースなところが合わず、私は体力的にも精神的にも参ってしましました。

意気地がなくて、人に文句を言って人から悪く思われたくないと思い、黙って我慢して担任の子どもたちのお世話を一手に引き受けてしまっていたのでした。

事故が起こったりしなかったからよかったようなものの、担任が二人いるのならやはりきちんと二人で子どもたちを見るべきです。私のようなやり方はこどもたちのためにもなりません。今だったらきちんと言います。今さら遅いですが。

そのような日々を過ごすうち、風邪をよくひくようになり、なかなか治らなくなってしまいました。教員一年目の時よりは多忙ではなかったのですが、体が無理できないようになってきていたようです。そして、教員6年目のはじめに初めてできた子を流産してしまいました。

体力勝負の仕事だし、ちょっと強めのパニックを起こすお子さんの担任をしていたこともあり、なかなか妊娠することに踏み切れなかったのですが、やっと子どもを望む気持ちになった矢先のことで、精神的にかなり落ち込みました。また、体の調子もなかなか元に戻りませんでした。

このまま仕事を続けていては、自分の子どもを産むことはできないのではないかとか、せっかくここまで仕事をしてきたのに今辞める必要はないのではないだろうかとか、まるで自分の子どものように思ってきた子どもたちから離れてしまって平気なのかとかいろいろ考えました。

このままでは自分の夢見た家庭生活とはどんどんかけ離れていくと思い、私は自分の子どもを産んで育てたいという気持ちがとても強く出てきてしまったので、結局仕事を辞めることにしました。

今でも、指導案をかいていたり、子どもたちの指導をしているような夢をみてはっと目を覚ますことがあります。本当は退職するまで続けたかった。

でも、今、大きくなった息子を見ているとこれで私は幸せだったのだと思いいます。でも、生まれ変わることができたなら、もう一回特別支援学校の先生になって、今度は自分の子どもも産んで育てながら退職まで勤め上げたいです。

養護学校教員は体力がついていかず、辞めましたに届いたコメント

養護学校で働いているときは、やんちゃな子供たちに翻弄され、とても体力がついていきませんでした。

若手が会社を辞める・第二新卒向け


リクナビNEXT

会社を辞めたいと思っているけど、給料が下がるのは嫌だ!

今の年齢ポジションならどれくらいのお給料がもらえるか?

気になる方は転職サイトで求人チェック!

↓↓↓↓↓↓↓↓↓

>>公式サイト<<

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*